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​WBC優勝を成し遂げたアメリカ代表の『チームコヒージョン』とは

 2017年のワールドベースボールクラシック(WBC)は、アメリカの優勝で幕を閉じました。日本もアメリカをあと一歩のところまで追い込み、選手は大会を通して素晴らしいプレーを何度も見せてくれましたが、アメリカチームのほうが少し上だったようです。そこで今回は、優勝したアメリカ代表チームの『チーム力』について分析していきます。

 あらゆる競技において、国の代表チームに選抜された選手は、普段は所属チームの選手としてチームの勝利のために自分のパフォーマンスをどのように上げるかに時間を費やし活動しています。そのため、選手が国の代表チームとして選抜されることは名誉なことではあるものの、限られた時間で代表チームとして結束し『チーム力』を発揮することは、非常に難しいことであるといえます。

時に代表チームはチーム作りの時間の短さやチームへのコミットメントの少なさから「集団思考」という傾向に陥ってしまう場合があります。これはチームメンバー同士が表面的に繋がっている状態で、大切なことを自分では考えずに、まずは監督やコーチ、キャプテンの指示に従っておくという自分では明確な判断軸を持たずに動いている状態です。こうなると選手が監督の指示通りに動いていたとしても、個々の当事者意識は高まらないまま、チームは非常に浅い繋がりとなり、ゲームにおける一人一人の瞬間の判断が遅れたりバラついたりするため、チームとしてのパフォーマンスも低下します。

 そんな国の代表チームがチーム力を最大限に発揮するためには、チームコヒージョンに対する理解が必要です。コヒージョン(cohesion)とは、凝集度や結束を表す言葉ですが、スポーツ心理学の権威であるグールド博士はオリンピックコーチ65人を対象としたリサーチの結果、チームコヒージョンをオリンピックの成功に影響をもたらす最も重要な3要素のうちの一つとして位置付けています。

チームコヒージョンを高めるためには、3つの重要なファクターがあります。

一つ目は「課題に対する結束」です。これは目標を達成するために必要な課題に対してチーム一丸となって取り組むことを指します。代表チームに当てはめれば、国の代表としての勝利に向け、お互いのプレースタイルに慣れたり、普段の華麗なプレースタイルから泥臭い役割を受け入れたりすることによりチームパフォーマンスを向上させたりすることがこれに当てはまります。

二つ目は「社会的な結束」です。これは対人関係の質の高さを指します。チームメンバー同士の仲がいい状態をイメージしていただければわかりやすいと思います。チームを構成するメンバーの関係の質が高まれば、課題解決に向けたアイデアが生まれやすくなったり、自分以外のメンバーに気を配ることも自然に生まれてきます。

 そしてチームコヒージョンを高める三つ目の要素が「共通のセンス(感覚)をつくる」ことです。ここでいうセンスとは、チームで掲げた目的に対して様々な状況下で同じ判断ができ、役割に応じてアクションができることを指します。今回優勝したアメリカ代表は「共通のセンス」を築き上げることをチーム招集の時点から強く意識しており、大会を通じてさらにそれが強化されていったと言えます。

 チームコヒージョンを高めるためにはこの3つのファクターが必要なのですが、チームビルディングのスペシャリストキャロン博士は、『多くの場合、目に見えやすい「社会的な結束」が生まれたことでチームワークができ始めていると勘違いしてしまったり、「課題に対する結束」を作り出しただけで、「共有のセンス」がないままであったりしている』と指摘しています。

 野球の本場として勝利が義務付けられていた今回のアメリカ代表はこれまでと少し違っていました。リーランド監督とチーム編成の責任者を務めたトーリGMがチーム編成の際に重視したのは、「選手の意志」と「代表への誇り」だったと言っており、一人一人に「母国のために戦うことを誇りに思うか」を必ず確認したそうです。またスターを集めたドリームチームをつくるというよりも、短期決戦で、投球制限があるWBCで勝つための戦略と選手の起用法を具体的に想定し、それを理解する若手のスペシャリストを揃え、チーム力を高めていったと言われています。

 たとえビッグネームであろうと故障を恐れプレーを加減する選手や、レギュラーシーズンの調整の意味で参加するような選手はチームには入れずに、代表への誇りをどのように持っているのかの意志確認を通して、アメリカ国旗を背負うという気骨のある選手を中心としたチームをつくることに専念したのです。それによって、アメリカ代表は、選手たちが選抜されたというよりも、アメリカ代表となることを選手たちが志願したという形でチームが編成されました。  大会が始まると、アメリカ代表は最初から圧勝を重ねたわけではなく、負けも経験しながら予選を突破していきました。しかし、試合を重ねるごとに、想定された戦略や代表への誇りが研ぎ澄まされていっているようでした。「アメリカのために勝つ」という覚悟と強い意志は、そのために必要な「課題に対する結束」とチームメンバー同士の「社会的な結束」を作り出し、「勝利のためにはどんな戦い方をするべきか」を「共通のセンス」として共有するまで仕上がっていたアメリカ代表は、チームのパフォーマンスを最大化することでWBC優勝という目的を達成したのです。

 決勝戦ではそれが垣間見える象徴的なプレーもありました。5回3点リードでむかえた、ノーアウト一、二塁と続くチャンスで4番のアレナドが躊躇なく送りバントをしたのです。彼は準決勝から6打席連続三振でしたが、2年連続ナ・リーグの2冠王を獲得しているメジャーを代表する4番打者です。サインを見たアレナドはアメリカの優勝という最大の目的のために、ここで何をすべきかをチームの「共通のセンス」で判断し、何の躊躇もなく自己中心的なプライドを捨てプレーしたと言えるでしょう。チームコヒージョンの低いチームでは、「何でここで打たせてくれないんだ?」と選手が感じながらバントしたりすることで、結果としてバントもうまくいかなかったりして、さらにチームコヒージョンを下げてしまうということが起こります。

 優勝が決まった後、アメリカ代表選手は、 「みんなが(所属チームでは)クリーンナップだけど、ここでは誰かが7番、8番を打たなければいけない。でも僕たちの中にエゴはなく、それに関しては投手陣も同じだ。そのおかげでこのチームはここまでたどり着けたんだ」「ここにいる全員が、米国のためにプレーしたかったんだ」  という言葉を残しています。

 オリンピックやWBCやサッカーのワールドカップなどは、どの国も本気で試合に臨んでいるのは間違いありません。しかし、ゲームの中でそのチームが持つ最高のパフォーマンスを発揮できるかどうかは、チームをいかに作り上げるかで大きく左右されます。アメリカ代表のリーランド監督とトーリGMがWBCで勝つために想定した「明確な戦略とそれに伴う選手起用法」や選手の「代表への誇り」が、「共通のセンス」を生みだし、アメリカ代表のチームコヒージョンを高め、その結果として今回の優勝があったのではないでしょうか。皆さんのチームや組織は、いかがですか。

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