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「ライバルを力にする」 適切な競争能力をつける!

 『ライバル』の存在は、スポーツ選手の成長に大きく関わります。世界で戦うトップアスリートのライバル関係は、互いを高め合うポジティブな関係が多く見られます。例えば、フィギュアスケートのキムヨナ選手と浅田選手、羽生選手とチェン選手、競泳の萩野選手と瀬戸選手、最近では、そしてスキージャンプの高梨選手と伊藤選手が挙げられます。

 ライバルの存在がいないと圧倒的な戦績で勝ち続けるチャンピオンは、何を目指すべきなのか、何を高めればいいのか競技に対しての目標設定が非常に難しくなります。

その一方で、ライバルと自分を横比較ばかりしてしまえば、ライバルの足を引っ張りたくなったり、ライバルが勝つと嫌な気持ちになり、勝ちたい思いが先走って焦りに代わり、良いパフォーマンスに繋がらないこともあります。

しかし、競い合えるライバルが存在し、自分の中での縦比較ができれば、ライバルに勝つためにいつまでに何が必要なのか、どうすれば勝てるのか、どの舞台で勝つことを設定すべきなのかなど、目標に対して逆算をして、自分の取り組むべきことを明確にできるのです。

 スポーツ心理学の創世記の心理学者であるノーマン・トリプレットは子供たちの他人との競争の影響を調査しました。その結果は50%の子供は競争によってさらに頑張りパフォーマンスを上げ、25%はほぼ影響を受けず、残りの25%はパフォーマンスが低下しました。その後の様々なグループを対象としたリサーチでも同様な結果が出ています。正しい競争をすればパフォーマンスは上がります。では、そのために必要な適切な競争能力とはどんなものなのでしょうか。

 今年2月高梨沙羅選手(クラレ)がスキージャンプワールドカップ歴代最多タイの53勝を記録しました。弱冠20歳で達成した偉業です。この圧倒的な力を見せつける女王高梨選手も、2014年に出場したソチ五輪で、金メダル獲得の大きな期待を背負いながらも、4位という結果に沈みました。この悔しい結果には、その場のプレッシャーや緊張のほかに、当時の彼女にライバルの存在が欠如していたという理由も挙げられるのではないでしょうか。

 ソチ五輪までの大会で、13戦10勝、それ以外の結果も3位以内入賞という圧倒的な戦績を誇っていた彼女の周りには、共にしのぎを削ることのできる相手がいませんでした。普段通りにやれば勝つに決まっている、勝てないわけがない、金メダルを取らなければという考えが先行するライバルのいない自分との戦いは、選手が大きなプレッシャーを感じる状況だと言えます。

 ヒギンズ博士は、人間の行動のベースに『何かを手に入れるためにリスクをとる』促進焦点(promotion focus)と『リスクを避けようとする』予防焦点(prevention focus)があり、それぞれ別の神経系が関係しているとしています。この志向は試合中に『勝つためプレー』をするか『負けないようなプレー』するかの選択のベースとなります。高梨選手は適切なライバルが存在しない中、期待とプレッシャーから目先の短期目標である五輪で勝利することだけに意識が向いてしまい予防焦点がかなり強く働いてしまったと考えられます。

 しかし今年、高梨選手の53勝を目前にしたワールドカップで、高梨選手のライバルと言える存在として伊藤有希選手(土屋ホーム)が現れました。年齢も22歳と近く、スキー界のレジェンドである葛西紀明選手(同じく土屋ホーム)から指導を受けて力を伸ばしている選手です。伊藤選手は、国内で高梨選手を追いかける立場として長年スキージャンプを続けてきました。そんな伊藤選手がワールドカップ初優勝を果たしたのです。

 高梨選手は「有希さんのジャンプに圧倒されました。(先に飛んで)下から見ていてすごいなと思いました」と語りました。一方の伊藤選手も「高梨選手を目指してやってきました。それはこれからも変わらないです」と言葉にしており、互いの存在を意識しながら良いライバル関係を持ち平昌五輪で金メダルを目指す同志となるのではないかと予感させました。

 伊藤選手サイドから考えてみます。伊藤選手が高梨選手を競争相手と意識してパフォーマンスを上げるためには、『頑張れば勝てる』と思えることが大切です。チクセントミハイ博士は、レベルの高すぎる相手を意識して高すぎる課題を続けると『自分には無理』というあきらめを学習してしまい、さらなる努力をしなくなってしまうとしています。「葛西監督のメニューのおかげで充実した練習ができている」というコメントが示すように、いきなり高梨選手を意識するのではなく、レジェンドであり信頼する葛西選手の指導メニューで適切にレベルアップし、今まで遠い存在であった高梨選手に対して『頑張れば勝てる』と考えることができるようになったのです。そして、高梨選手のよきライバルと成長してきました。

 また2月フィギュアスケートの四大陸選手権でも、これまで圧倒的な力を見せてきた羽生選手の前に現れたのが17歳のチェン選手です。羽生選手に勝つことに徹し、複数種類の4回転ジャンプを入れることに取り組むチャレンジの姿勢を貫き、今大会ついにフリーの演技で5回の4回転ジャンプをただ一人成功させ、優勝しました。羽生選手もチェン選手のチャレンジを理解していたからでしょうか、フリーの演技では前半の4回転ジャンプの失敗を取り返すため、演技途中で構成を変え、後半にもともと入っていなかった4回転ジャンプを入れ見事成功させました。結果としてフリーの得点では羽生選手がトップでした。このライバル関係は、非常に早いスピードで互いを成長させているように見えます。ライバルに勝って平昌五輪で金メダルを取るために、逆算して自分に何が足りないのか、何が必要なのかを明確にしており、お互いを意識しながら技術力、精神力を高めあう理想的なライバル関係だといえるのではないでしょうか。

 まさに、お互いに促進焦点(promotion focus)が優位になって勝つための演技を選択し強い意志を持って激しく競争しています。そのためには、『ライバル』と呼ばれる関係性も寄与しています。価値観や志が似ていてお互いの存在を認めている競争関係が作れると『何かを手に入れるためにリスクをとる』獲得型の志向が優位に働き、相手を上回ろうとする努力を人はするのです。

 適切な競争能力を持つ人は、覚悟を持って問題に向かい、忍耐強く問題解決すべくチャレンジします。また、成長には長い時間が必要だと理解し、たとえ敗戦に直面してもできうる限りの努力をしたことに価値を感じます。その結果、競争を『あと一押し』のできるパフォーマンスの源とすることができるのです。

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