歴史的ウィニングパットを決めた渋野日向子選手の「自己決定能力」

 全英女子オープンゴルフで優勝を果たした渋野日向子選手の笑顔は世界中のゴルフファンを驚かせ、彼女はその強気のプレースタイルと共にスマイルシンデレラの愛称で一躍時の人となりました。渋野選手の笑顔が42年ぶりの日本人メジャー優勝をもたらしたことは間違いありませんが、実はそれ以上に彼女の一番強さは、優勝を掛けた最終18番ホールで、5メートルの下りのパットを強烈に打ち切ったことに現れています。

あの最終パットを振り返り、渋野選手は「プレーオフは嫌だから、決めるか3パットかで強気で打ちました」とコメントしていましたが、あれだけの大きな舞台、環境の変化、周囲からの視線の中で打ち切る決断をすること、そしてそれを行動に移すことは決して簡単なことではありません。

 「海外メジャー初出場だし、まだプロ2年目で怖いもの知らずだからできるのではないか」と考える方がいるかもしれませんが、あのような大舞台でそのような精神状態でいられること自体が、トップアスリートとしての最適な心の状態の持ち方を身につけている証でしょう。まだまだこれから経験を積む段階の20歳の渋野選手が、なぜそのような決断と行動ができたのでしょうか。

 キーとなるのは、渋野選手がインタビューでよく発する「自分らしく」という言葉です。彼女は「自分が理想とする自分らしいプレー」を具体的に理解しているから、どのような場面でも「自分らしい」ショットやパットをイメージし、それを打つことを選択できるのです。 

 渋野選手が見せたプレー中の笑顔も、彼女が選択した「自分らしさ」です。もともとはプレー中の喜怒哀楽が激しかった渋野選手でしたが、あるきっかけで喜怒哀楽を出す自分の不安定さに気づき、せっかく好きなスポーツをやるのだからいつでも笑顔でプレーできるようにしようと家族で話し合ったそうです。そして、家族も『いつも笑顔で』と声をかけるようになり、渋野選手も常に笑顔でいることを意識するようになったそうです。

 キャディの青木コーチも全英を振返り「自分らしく戦ってくれたらいいと思っていた。楽しくやれたのが一番」と述べており、「自分らしい」プレーをすることが大切だと言う認識を共有しているようです。

 こうした「自分らしさ」を貫けるプレーはどうしたらできるようになるのでしょうか。ポイントは「自己決定能力」にあります。渋野選手の場合、小学生のころからスポーツに対して、自ら選択し自分で決断する習慣が身につく「自己決定」を促す環境にいたことが、大きく影響したのではないかと考えられます。 

 動機づけを研究したデシ博士は認知評価理論の中で自己決定能力がアスリートのパフォーマンスに大きく関係することに触れています。

 今回の最終18番のウィニングパットは、下りで5メートルの距離があり、打ち過ぎてカップを外したら3パットで負けもある状況でした。そんな状況においても「自分らしい」プレーとしてカップの壁にガツンと当たるようなパットを自然に選択できた自己決定能力に強さが現れているのです。このように難しく厳しい局面において思い切ったプレーができるのは、自己決定のレベルがかなり高いことの証明です。

 自己決定能力は段階別に見ると、「コーチ(や誰か)に言われるから、やる」→「やらなければならないから、やる」→「自分にとって重要だから、やる」→「やりたいと思うから、やる」→そして、「楽しいから、やる」のように高まります。

 自己決定能力が「楽しいから、やる」というレベルに達すると、本人の意識は入るのか入らないのかの結果ではなく、「どうやったらうまくできるかな」というプロセスに意識が向くようになり、そして「こうやったらなんとかできそう」という楽しんでいるような感覚が自然に湧き出てくるようになります。その結果、難しい長いウィニングパットでも渋野選手のように自分で状況を判断して挑戦する決断ができ、最終的に思い切りよく打てることに繋がるのです。

 この「楽しいから、やる」レベルでプレーができるようになるには、誰かに指示されてやるのではなく、普段から自分で決める習慣を身につけなければなりません。

 彼女の両親は共に元陸上選手だったそうですが、特に陸上を強制することもなく「好きなことをやらせたかった」という思いで、小学生のときから渋野選手が好きなゴルフとソフトボールに打ち込んでいたのを見守り続けていたそうです。また、注目され大いに期待される存在となってからも「東京五輪に出られなくても、その先がある。常に高い目標を持ち、前進できるよう頑張ってくれればいい」と結果よりもそのプロセスを尊重するようなコメントをされています。

 さらに渋野選手のキャディでもある青木コーチは、選手が自ら成長し自立することを大切にしていて、「自分自身で徹底的に自問自答させる練習が多く、それを継続させるのがコーチの仕事だ」と話しています。

 実際、全英での勝負所の最終日12番では、ミドルホールのワンオンを選択しようとした渋野選手に「優勝するか、しないかではなくて、自分のゴルフを貫くという意思があった」ことを確認して狙うことに同意しています。

 渋野選手はこのように、小さい頃から自らの選択を尊重され、その選択を周囲の大人たちから温かく見守られていたことがわかります。選手が自己決定出来るようになるために、保護者や指導者は家庭や練習で自分で決める機会が増えるように環境を作ったり、時には手を差し伸べ軌道修正の支援を行っています。その結果、少しずつ魅力的な選手に成長していきます。渋野選手の活躍は、「自分らしさ」を貫くことの大切さと、選手たちをサポートする周囲の大人の在り方のヒントをたくさん伝えてくれました。

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